2008年01月14日

初個展で芸能界に「嵐」起こす…

2月21日~表参道ヒルズで開催かぁ。
行って見たいな。

 人気5人組グループ「嵐」のリーダー・大野智(27)が2月21日から東京・表参道ヒルズで、初の個展「FREESTYLE」を開催する。デビュー前から重ねてきた10年にわたる創作活動の軌跡で、フィギュアや絵画など約150点あまりを展示。「単純に好きだからやってきたものをファンの方に見てほしい」と純粋に語る。2月8日には初の作品集も出版する。

 今年デビュー9周年を迎える人気グループのリーダーが、初の個展で芸術家の一面をのぞかせる。表参道ヒルズのスペースO(約450平方メートル)で、2月21日から29日まで9日間開催。入場無料で約2万人の動員を見込む。

 雑誌などで近況を語る際にいつも「粘土してます」と素直に答えていた大野。これまで作品を公に発表したことはなく、見たいというファンの要望が多かった。06年末、主演舞台「転生薫風」の上演中に、所属のジャニーズ事務所幹部に「個展を開きたい」と自ら申し出、総合セルフプロデュースで準備を進めてきた。

 粘土で型を取った樹脂のフィギュアは「100体作る」と宣言した通り、作り上げた。縦3メートル、横6メートルの巨大なスプレー画も正月返上で製作。自前の一眼レフカメラを用いて母校などでフィギュアを撮影した写真も公開。自らの顔をかたどった金のオブジェは「顔に石こうを流してる途中に気持ち良くなって寝てしまった」というお気に入りだ。絵画で工藤静香などが個展を開くことは多いが、現役アイドルでここまで大規模の個展は異例といえる。

 普段はおっとり控えめだが、好きなことには誰よりも夢中になれる。小学生のころ、友達が描くのを見て、自分も同じ漫画「ドラゴンボール」の絵を描き始めた。中学2年で事務所入りし、ジャニーズJr.時代はイラストレーターも夢見ていた。

 嵐としてデビュー後の02年秋に「もっとリアルに作りたい」と絵から立体的なフィギュアに幅を広げた。20世紀の米画家ノーマン・ロックウェルや江戸時代の京都の絵師・伊藤若冲にあこがれるが、すべて独学。本業のアイドルとして多忙な日々を送るなか「作っている時が睡眠みたいなもの。癒やされます」と話す。

 「好きだからやってきただけ。誰でも可能性があることを伝えたい。会場で隠れて(観客の)反応を見ようかな」。
 ◆大野 智(おおの・さとし)1980年11月26日、東京都生まれ。27歳。99年9月に「嵐」の結成メンバー入り。同11月「A・RA・SHI」でCDデビュー。02年「青木さん家の奥さん」で舞台初主演。06年には嵐として台湾、韓国とアジアツアーを成功させた。日テレ系「嵐の宿題くん」などバラエティーでも活躍。


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2007年11月08日

伊勢崎藩について調べたよ

これは知らない日と覆いと思うので、抑えておこうね。

伊勢崎藩は、志摩国鳥羽藩・稲垣氏の祖・稲垣長茂が加増によって1万石を領したことに始まる。子の稲垣重綱のときに、越後国藤井へ移封。前橋藩主の酒井重忠の嫡男で、大老になったことで有名な酒井忠世が5万2,000石を与えられて伊勢崎に移るが、前橋藩を継いだとき、伊勢崎藩領はそのまま前橋藩領に組み込まれた。

忠世は寛永13年(1636年)に死去。同年のうちに忠世の後を継いだ嫡子・酒井忠行も死去した。このため、酒井氏の家督は忠行の嫡男・酒井忠清が継ぐこととなる。このとき、忠清の弟・酒井忠能は兄より2万2,500石を分与されたため、伊勢崎藩主となった。しかし寛文2年(1662年)6月に忠能は信濃小諸藩に移封され、伊勢崎藩は廃藩となる。

天和元年(1681年)、「下馬将軍」と謳われて第4代将軍・徳川家綱のもとで権勢を振るった酒井忠清の三男・酒井忠寛が兄・酒井忠挙より2万石を分与され、前橋藩の支藩的な性格を帯びて、伊勢崎藩が再成立する。その後、前橋藩の酒井氏は姫路藩に移封となったため、この伊勢崎藩は姫路藩の支藩的存在となった。ちなみに幕末期、最後の姫路藩主となった酒井忠邦は、第7代藩主・酒井忠恒の実子である。

なお、藩政においては初代藩主・酒井忠寛の時代に確立する。その後、藩は財政難に陥ったが、第3代藩主・酒井忠温の時代に行なわれた藩政改革により再建された。なお、この忠温時代より行なわれた文治政策により、その後の伊勢崎藩は文学的発展を遂げてゆくこととなる。

幕末期においては、本家である姫路藩が佐幕派であったため、新政府の警戒を受けたが、第8代藩主・酒井忠強は自ら謹慎することで恭順の意を示した。その後、明治2年(1869年)6月の版籍奉還により忠強の後を継いだ酒井忠彰は藩知事となり、明治4年(1871年)の廃藩置県により、伊勢崎藩は廃藩となる。

藩主家である酒井氏は、明治17年(1884年)に子爵となった。

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2007年10月26日

都市計画を今日は取り上げてみることにする

一日一個の知識です!今日はこれ!

一般に、都市とは物的に見れば、幹線道路・鉄道・上下水道・大規模公園などの基幹的都市施設、街割(街区割り・敷地割り)によって形成される街路・小公園等の地区基盤施設と宅地、宅地上に建築される建築物、学校・病院等の公共公益施設などから構成される。こうした諸要素の相互関係を適切に保つことが都市計画の基本的な役割であることから、都市計画の構成要素も、都市基幹施設や公共公益施設の配置計画、街割の計画(市街地開発の計画)、建築(土地利用)の規制に関する計画からなることが一般的である。街割の計画は制度的には「土地区画整理事業」「開発許可制度」等を通じて実現される。建築・土地利用の規制は、地域(ゾーン)を区分して異なる規制を課すところからゾーニング(zoning)と呼ばれる。都市基幹施設や土地利用の概略的な配置計画を都市全体について定めておき、個々の地区を開発する際に街割と地区施設、建築規制の計画を一体的に定めた地区詳細計画を定め、これに従った開発を強制する方式もドイツ等では採用されている。

また、都市の整備に関する工学的な学術を都市工学、都市空間の意匠やデザインを都市設計やアーバン・デザインといい、法的制度としての「都市計画」の枠組みにこだわらず、より広い観点から都市空間や都市社会を改善・形成しようとする活動、特に、いわゆる「草の根」型の活動、すなわち住民・市民主導の側面が強く、対象とする地域規模が小さい活動をまちづくりということが多い。

ウ ィ キ ペ デ ィ ア日本語版より

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2007年09月26日

南蛮貿易とはいったいなんだったのか?

1543年に種子島にポルトガル船が到来した。ポルトガル船はその前年すでに琉球に到着していたが、琉球人はポルトガル船がマラッカを攻撃して占拠したことを知っていて、交易を拒否した。一方、日本の商人はポルトガル商船との交易を歓迎したため、ポルトガル船はマラッカから日本に訪れるようになった。1557年にポルトガルがマカオの使用権を獲得すると、マカオを拠点として、日本・中国・ポルトガルの三国の商品が取引されるようになった。織田信長・豊臣秀吉は基本的に南蛮貿易を推奨した。スペインはポルトガルに遅れて太平洋航路を開拓し、マニラ経由で日本を訪れるようになった。

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2007年08月06日

武将オタ“戦国時代ショップ”

確かに、興味がないわけじゃないけど…
それにしてもなんと9割女性…。すごいですね。私も見てみたいな。

 
織田信長、豊臣秀吉、明智光秀、石田三成…。近江の国を往来した戦国武将をテーマにしたTシャツを売る店が、滋賀県彦根市河原町の花しょうぶ通り商店街にある。「しょうぶ屋」といい、全国でもここにしかない“戦国時代グッズ”を専門に扱う珍しい店だ。マニアでにぎわう店内をのぞいてみた。
(伊豆丸亮)

 滋賀は古来より戦の舞台となり、県内にはその名残をとどめる城跡、古戦場が1300以上ある。「戦国時代、歴史の中心の一つであった滋賀。日本でも屈指の名城だった佐和山城(彦根市)をはじめ、地域の豊かな歴史をグッズを通じて紹介したい」

 同店は昨年6月、目加田宗彦オーナー(39)や北川良彦店長(25)のこんな思いで、築200年以上の町家を改装して開店した。店内には約40種類のTシャツのほか、武将のフィギュア、ミニチュアののぼり旗などが並ぶ。

 石田三成が関ケ原の戦いで用いた陣構え「鶴翼の陣」をモチーフにした鶴をあしらったTシャツなど、三成とその家臣・島左近のグッズが特に人気で、売り上げの1、2位を占めるという。Tシャツは、「土産物ではなく、普段着で使うことのできる商品を売りたかった」(目加田オーナー)といい、デザイン性の高さが自慢だ。

 客の8?9割は10代後半から20代後半の女性で、県外から訪れる人がほとんど。「昔は、戦国時代を知るには、歴史小説しか入り口がなかった。最近はゲームや漫画の題材となり、武将のキャラクター化が進み、ファン層が広がった。若い女性のお客さんに歴史を教えられることも少なくありません」と北川店長。店で会った客同士で戦国時代の話に花が咲き、交流が始まることも少なくないという。

 また、店は城から徒歩約30分と離れ、商店街の奥にあることから、客には口コミやインターネットで店を知ったという戦国時代ファンも多い。好きな武将のグッズを一通り買っていく人もいるという。

 「商売としてもうけることは難しいが、好きでやっているので、長く続けたい」という目加田オーナーは、「いつか、甲冑(かっちゅう)や戦国時代の衣装を着た人が、彦根城に集まるようなイベントを行いたい。壮観でしょうね」と話した。